THE YAMAHANA STORY/彩りの風景の中に、新たなる豊かさを描いて。

風情と情緒を繕う 山鼻を訪ねて

歴史と街並み/開拓の誇りが育んだ、この街の品格。

札幌の歴史とともに歩んできたエリア

 札幌市の中心部に位置する山鼻は札幌の発展とともに歩んできました。
蝦夷地が「北海道」と名付けられたのは明治2年(1869年)。その翌年には、東本願寺札幌別院が建立され、10万坪が本願寺開墾地として割り当てられました。当時の山鼻エリアはアイヌ語で「ユニククリ」(鹿の林)と呼ばれていたほど鹿が多く、原生林には柏の大木が数多くあったことが伝えられています。厳しくも豊かな自然を切り拓くため、伊勢国から2戸の農家が移り住んだのが、山鼻の開拓の始まりでした。
 その後、明治4年(1871年)に新潟県や札幌近郊から50戸が東本願寺の南側に移住し、「辛未(かのえひつじ)一の村」(明治4年にできた1番目の村)と呼ばれるようになりました。山鼻は、札幌開拓の初期から多くの人々が移り住み、つくりあげられた街なのです。

札幌山鼻町東屯田通周辺の風景

札幌山鼻町東屯田通周辺の風景

明治7年、札幌中心部近くに山鼻村が誕生

 「辛未一の村」の50戸は、開拓使の方針で近隣の円山村、琴似村へ再入植。しかし、その後も札幌中心部への入植者は増え、このエリアは、明治7年(1874年)に「山鼻村」となりました。村の名前の由来には諸説ありますが、「藻岩山(やま)の端(はな)」という意味から来ていると伝えられています。

古地図

開拓の誇りを持つ人々がこの街の礎を築いた

札幌では琴似に次いで2番目の屯田兵村が、明治9年、山鼻に設けられました。屯田兵は札幌を守るほか、開墾への従事も重要な任務でした。初期の屯田兵募集には身分上の制限があったこともあり、山鼻に配置された屯田兵たちは武士階級。兵屋240戸の建築は、そろそろ初雪を迎える10月に始まり、厳寒期の積雪のなか、1万7900本あまりの樹木を伐採し、6150株の倒木を取り除くなど、屯田兵にとっては慣れない作業が春まで続きました。
 当時、北海道開拓は大変な困難を伴うものでしたが、各地に入植した屯田兵たちは武士としての誇りを持ち続け任にあたったといいます。山鼻屯田兵も同様です。彼らの中には、開拓後もこの地にとどまり、地域の文化人、指導者として街の発展に貢献した人が多くいました。
 山鼻は、古くからの歴史を土台に、開拓の誇りを抱く人々によって、品格あふれる文化が醸成されていった街といえるでしょう。

歴代の天皇陛下行幸にちなみ名付けられた行啓通り

 山鼻を東西に通る南14条通りが「行啓通り」と名付けられているのは、三代にわたる天皇陛下の行啓・行幸にちなんだものです。明治14年(1881年)には明治天皇が行幸、明治44年(1911年)には当時皇太子だった大正天皇が、大正11年には当時皇太子だった裕仁殿下(昭和天皇)が行啓。

かしわ木

 明治14年、明治天皇行幸の際には、開校から約4年の山鼻小学校の窓から、山鼻公園の北側道路上に大きく張り出した1本の木に目をとめられた陛下が、その樹名を問われたとか。大木は「お声掛かりの柏」と称され、そのエピソードとともに山鼻の人々に長い間守られ続けてきました。残念ながら老木となり、昭和51年(1976年)に切り倒されてしまいましたが、幼木は山鼻公園と山鼻小学校に移植され、今も山鼻のシンボルとして愛されています。

  • 山鼻小学校
  • 1920年頃の山鼻の風景(山鼻小学校)
  • 山鼻小学校50周年パレード
  • 昭和初期(1928年)の山鼻風景(山鼻小学校開校50周年パレード)
  • 山鼻記念碑
  • 山鼻兵村開設碑(山鼻記念碑)

時代とともに発展を続けるいつも新しい街

 都心に隣接する山鼻は、札幌市の発展の影響を時間差なく受けてきた街。大正12年には市電山鼻線が開通し、わずか2年後には南16条まで延長。街の中心部に行きやすい山鼻は人気エリアとなり、住宅が増えていきました。
 教育環境も古くから整っています。大正後期から昭和にかけて、札幌第一中学校(現在の札幌南高)や札幌師範学校(現在の北海道教育大学札幌校)など多くの学校が山鼻に開校・移転しました。現在、北海道教育大学札幌校の跡地には、札幌市中央図書館が設置されています。
 山鼻は、常に進化する街でもあります。大正時代、便利さをもたらした市電は、2015年には、市電のループ化が実現し、都心へのアクセスはますますよくなりました。また、昭和33年に開業した藻岩山ロープウェイは、2011年に新型ゴンドラにリニューアル。都心の暮らしと自然の豊かさを、どちらも手に入れられるのが山鼻での暮らしです。

1962年:路面電車

1962年学芸大学(現中央図書館)周辺の街並:札幌市公文書館所蔵

ゆったりとした空気が流れる歴史ある街・山鼻

1937年:路面電車
1937年南1条西15丁目市電詰所の風景:札幌市交通局所蔵

 札幌開拓とともに歩み、その発展を見守り続けてきた山鼻は、都心部にありながら、どこかゆったりとした、そして凛とした空気が漂っています。それは、開拓の初期から、この街を愛し守り続けてきた人たちによって受け継がれた、山鼻の誇りが育む品格といえるでしょう。

山鼻の開拓精神を永く伝承する140
					年の歴史ににふれてみませんか

記念館の内部には屯田兵に関する様々な資料や貴重な写真類も展示され、当時の山鼻屯田兵の生活ぶりや活動の姿を知る事が出来ます。

資料提供:山鼻記念館(札幌市中央区南14条西9丁目)

山鼻記念館

山鼻記念館アクセスマップ

※掲載の情報は平成28年3月現在のものです。
※掲載の環境写真は平成25年・26年に現地周辺撮影したものです。
※徒歩での所要時間は80mを1分として換算しています。現地からの距離・所要時間は地図上での計測で、多少異なる場合があります。
※鉄道の表示分数は日中平常時(通勤時)の所要時間で、時間帯により異なります。乗り換え・待ち時間等は含まれておりません。

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